大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)28号 判決 1975年2月19日
原告
松谷千鶴子
右訴訟代理人
片岡成弘
被告
大阪市長
大島靖
右指定代理人
森三郎
外二名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(申立)
一、原告
原告の被告に対する別紙書面の表示記載(一)、(二)の各意見書に関し、被告が原告に対してした別紙決定の表示記載の決定のうち、その他の意見書に係る意見は採択しないとする部分、及び、昭和四八年三月九日付大都第九六二号をもつてした、右(二)の意見を却下する旨の決定を、いづれも取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二、被告
(本案前)
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
(本案)
主文と同旨
の各判決を求める。
(請求原因)
一、原告は、昭和四七年一二月七日から同月二〇日までの期間中縦覧に供された、設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合(以下単に組合という)にかかる事業計画について、同四八年一月三日、「組合による区画整理事業に対する異議申立」なる表題のもとに、被告に対し、土地区画整理法(以下単に法という)二〇条二項による意見書(別紙書面の表示(一)の書面。以下本件第一書面という)を提出し、ついで同月二六日、「組合による土地区画整理事業に対する異議申立(その二)」なる表題の書面(同書面の表示(二)の書面。以下本件第二書面という)を被告に提出し、いづれも受理された。
二、本件第一書面の要旨は、「区画整理の施行及び区域の二点につき異議を申立てる」とするもので、異議を根拠づける具体的事由として次のとおり主張した。
(一)、組合の構成人員中、相当数の者が血縁関係にあり、事業の公正な運営が期しがたいこと。
(二)、施行区域については、施行地区に編入する土地と編入しない土地との区別の基準が不明確なため、区画整理による恩恵を受ける者と受けない者との不平等性が著しいこと。
三、本件第二書面には、第一書面と異り、申立の要旨となるべき異議の対象事項に関する集約的な記載はなく、本件区画整理が区画整理本来の趣旨に副わないことの根拠となるべき、次のような具体的事由が列挙されている。
(一)、原告所有にかかる大阪市住吉区庭井町七五番地を本件施行地区に編入することが不当であること。
(二)、当然本件施行地区に編入さるべき、稲谷富夫及び木下伊之助の所有地が編入されていないのは不当であること。
(三)、区画整理図には、国有地や水路等が明示されておらず、又右図面作成のための現地測量をした際、利害関係人に対するなんらの通知がなく、立会の機会が与えられていないこと。
(四)、実測地に対する減歩率が一九%にも及ぶのに比し、公簿面積地に対する減歩率が僅かに七%とされており、不平等が著しく、かつ右両者を区別する基準が不明確であること。
四、原告は、本件第一書面を提出する前に、大阪府又は被告に意見書提出についての指導を受けようとしたのであるが、意見書提出期間の後半が年末年始にあたり、担当者が休暇中でその指導を受けることができないでいるうち、意見書提出期限も迫つてきたため、やむなく意見の大略を記載した本件第一書面を提出したものである。そして、右書面提出後被告の担当吏員から、意見書を補充すべき書面の提出が可能である旨の確認を得たので、本件第一書面の記載内容を、より具体的かつ明確にし、これを補充するものとして本件第二書面を提出したのである。
五、ところが被告は、本件第一書面と第二書面を相互に関連を有しない別個の意見書として取扱い、第二書面は法定の提出期間経過後に提出された不適法な意見書であるとして、同四八年三月九日、これを却下する決定をすると同時に、第一書面に対しては、別紙のとおり意見の一部を採択し一部を採択しない旨の決定をした。
六、しかしながら、右決定は両書面を独立しているものとして取扱つた手続上の違法がある。
(一)、前記のとおり、第二書面には第一書面に記載しているような異議の要旨ともいうべき集約的な記載がなく、かつ異議申立(その二)という記載からも明らかなように、第一書面を補完するものであつて、このことは、被告においても右却下決定の理由中に「原告の主観においては、この書面は第一書面を補完するものとして提起したものであると認められる」という趣旨の記載がなされていることからみて、自認していたところであるといわねばならない。
(二)、被告は、第一書面に対する決定において、稲谷富夫所有地に関する原告の意見を採択しているところ、右意見は、原告が第二書面中に詳細に述べたものであるから、これを採択したということは、少くとも右範囲内においては、被告が事実上第二書面を第一書面の補完書面として取扱つていたといわねばならない。
七、従つて両書面を独立した意見書として取扱い、これにもとづいてなされた第一書面に対する決定は、原告の意見のすべてを審理したうえでなされた決定とはいえないか、別紙決定のうち不採択の部分、および第二書面による意見を却下した部分はいづれも違法である。
八、仮に、第二書面による意見が第一書面による意見と別個独立のものであつたとしても、前記のとおり本件意見書の提出期間が年末年始にまたがり、被告の担当吏員等から充分説明をきくいとまもなかつたため、取りあえず第一書面を期限内に提出し、その後二三日目に第二書面を提出したのであつて、本件決定がこれより四二日後になされている事実を考え合わせると、第二書面が意見書提出期間経過後になされたからという一事をもつてこれを却下すべきではなく、これについては法一三四条二項にいう「容認すべき事由がある場合」にあたるものとして、その内容を審理すべきものである。
(答弁)
一、本案前の答弁
(一)、法二〇条二項による意見書の提出は、法一四条に規定する事業計画の決定が関係者の利害に影響するところが重大であることから、知事(本件においては被告)の自発的な監督権の発動のみに委ねないで、積極的に利害関係者から知事に対して監督権の発動を促すべき途を講じ、できるだけ利害関係者の保護を図るために認められたものであり、法二〇条三項による意見不採択の通知は、単に知事がその監督権を発動しないという態度を表明した事実上の措置に過ぎず、なんらの処分性を有するものではない。
(二)、事業計画は、それが公告された段階においても、直接特定個人に向けられた具体的な処分ではなく、又宅地、建物の所有者等の有する権利に対し、具体的な変動を与える行政処分ではない(最高大法廷昭四一・二・二三判決)。仮に事業計画にかかる意見を採択しない旨の通知に処分性が認められ、取消の訴の対象となると解したならば、結果として、意見書にかかる意見を採択しない旨の通知を争うことによつて事業計画そのものを争いうるという矛盾が生じる。従つて、この点からみても右通知が処分性を有しないことが明らかである。
(三)、以上のとおり、本件訴は、取消を求めるべき被告の処分が存在しないという点において、不適法として却下されるべきである。
二、本案の答弁
(一)、請求原因のうち、第一ないし第三項、第五項、および第六項中被告が原告主張のとおりの内容の決定をしたことをいづれも認めるが、その余の主張を争う。
(二)、本件事業計画についての意見書は、縦覧期間の末日たる同四七年一二月二〇日の翌日から起算して二週間を経過する日、即ち同四八年一月三日までに提出されねばならないのであるところ、本件第二書面が提出されたのは、同月二六日であるから、明らかに提出期間経過後のものであり、従つて第二書面を却下したことにつき、なんらの違法がない。
(証拠)<略>
理由
一請求原因第一ないし第三項、第五項、及び第六項中被告が原告主張の内容の決定をした事実は当事者間に争いがない。
二本案前の答弁について。
被告は、法二〇条三項による意見書不採択の通知は、知事(又は指定都市における市長)が、法一四条一項による設立認可を申請した組合に対する監督権を発動しないという態度を表明する事実上の措置に過ぎず処分性を有するものではないと主張するので考えてみる。
組合施行による土地区画整理事業は、知事による組合設立の認可によつて開始されるのであり(法一四条、二一条参照)、組合が設立されると、定款・事業計画に定められた施行地区内における土地所有者及び借地権者は、当該組合設立の申請をすることについて反対の意思を有している場合でも、すべて組合員とされる(法二五条、一八条)のであるから、これらの者を含む利害関係者に、組合設立認可申請の段階において、定款、事業計画についての意見を述べる機会を与えることは、利害関係者の権利を保護する上からみても、また事業の円滑な施行を図る点からみても必要欠くべからざるものであつて、この意見書提出の機会を与えずになされた組合設立認可が無効と解せられる所以もここにある。
そして知事が提出された意見書の内容を審査し、意見書にかかる意見を採択すべきであると認めるときは、設立認可申請者に対し事業計画に必要な修正を加えるべきことを命じ、採択すべきでないと認めるときは、その旨を意見書提出者に通知しなければならないとされ、意見書の内容を審査するについては、行政不服審査法中の異議申立の審理に関する規定が準用されているのであり(法二〇条三項、四項)、さらに、知事の修正命令によつて事業計画の修正がなされた場合には、その修正部分について右と同様の手続を採らねばならないとされ(同条五項)、意見書の扱いについては慎重を期すべことを法が要求しているのである。
これらの点を考え合わせると、知事が意見書の内容となつている意見の採否を決することによつて、組合設立認可申請者に対する監督権を発動するとともに、利害関係者の権利保護と事業の公益的性格を確保しようとするものであり、また意見不採択の場合にはその旨を決定して意見書提出者に通知することにより、その者の意見を却下する処分をするのであつて、これをもつて単なる事実行為であるとみるべきものではない。
意見書の内容によつては、これに対する知事の判断は自由裁量に過ぎない場合もあるであろうが、自由裁量にとどまらず法規裁量となる場合もあると考えられる。例えば、或土地を施行地区に編入すべきかどうかを、法の目的に照らして判断する場合など、まさに法規裁量といい得るであろう。
いずれの場合であつても、意見書の内容即ち意見を違法に却下された者は、却下処分の取消を求める行政訴訟を提起することができるといわねばならない。そしてこの見解は、意見書不採択の通知なる処分については行政不服審査法による不服申立を許さない旨の法一二七条二号の存在によつて左右されるものではない。却つて同条においては、右通知をも処分の一つとみていることから考えて右見解の正当なることを裏づけるものである。また、被告が引用する事業計画に関する最高裁大法廷判決も―その当否はともかくとして―右見解を採る上において妨げとなるものではない。
以上説示したところから、被告の本案前の答弁は、これを採用することができない。
三本案について
(一)、本件第一書面と第二書面の一体性の有無
第一書面と第二書面の内容が原告主張のとおりであることは、前示のどおり当事者間に争いのないところであるが、右第二書面をもつて第一書面の内容を補完したものとは、にわかに断定することができない。なるほど一部重複しているとみられる部分もあるけれども、そうでない部分もあるのであつて、全体として対照するときは、両書面は別個独立した意見書とみるのが相当である。
(二)、第一書面による意見に対する被告の処分の適否
第一書面による原告の意見に対し、被告が審理のうえ、本件組合の施行地区に、稲谷富夫所有にかかる大阪市住吉区庭井町七二番の一農地五七八平方米を編入すべき旨の命令を組合に発することにし、その余の原告の意見を採択しない旨の決定をして、原告に通知したことは、前示のとおり当事者間に争いのないところであつて、被告がした右一部不採択の決定は、原告の前示第一書面記載の意見内容に照らすと、これをもつて法の目的に反する違法があるということができないばかりでなく、裁量権の範囲を著しく逸脱した違法があるともいうことができないから、結局原告の第一書面による意見の一部を不採択とした被告の決定部分の取消を求める原告の請求は失当である。
(三)、第二書面による意見を却下する処分の適否
被告がした右却下処分の理由とするところが、第二書面による意見の提出が、提出期間の末日たる同四八年一月四日(同月三日は休日にあたるからその翌日が末日となる)を二二日間経過してなされた不適法なものであるというにあることは当事者間に争いがなく、第二書面が第一書面と別個独立したものとみるべきことは前説示のとおりであるから、右被告の判断は正当である。原告は、右期間不遵守については、法一三四条二項にいう「容認すべき事由がある場合」にあたるものとして、その内容を審理すべきであると主張しているところ、右事由として原告が挙げている事実が仮に存したとしても、本件における徒過し期間の長さを考えてみるとき、右条項にあたるものと認めることができないから、原告の右主張も採用しない。(なお付言すれば、第二書面に記載されているような不服事由の大部分は、区画整理事業が進捗し、仮換地指定ないし換地指定処分がなされた段階においても、その当否を争う事由として主張できるものであるから、あえて本件において却下処分の適否を争わなくても、目的が達せられるであろう。)
四以上の理由により、原告の請求をいづれも失当として棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(下出義明 藤井正雄 石井彦壽)
書面の表示
昭和四七年一二月七日から同年同月二〇日までの期間中縦覧に供された設立認可申請中の大阪市庭井土地区画整理組合に係る事業計画について
(一) 原告が被告に対し昭和四八年一月三日付で提出した「庭井土地区画整理組合による区画整理事業に対する異議申立」なる表題の書面。
(二) 原告が被告に対し昭和四八年一月二六日付で提出した「庭井土地区画整理組合による区画整理事業に対する異議申立(その二)」なる表題の書面。
決定の表示
被告が原告に対し昭和四八年三月九日、大都第九六〇号をもつてなした「意見書に係る意見の一部を採択し、土地区画整理法第二〇条第三項の規定に基づき、事業計画において定める施行地区に大阪市住吉区杉本町四九〇稲谷富夫の所有する大阪市住吉区庭井町七二番の一農地五七三平方メートルの土地を含めるよう大阪市庭井土地区画整理組合の設立の認可を申請した者に命ずることとし、その他の意見書に係る意見は採択しない」との決定。